としごろ関連エントリー

百恵ちゃん★1thシングル『としごろ』

... デビュー曲の 『としごろ』 です。 この曲は、百恵ちゃんが、もっと有名になってから知った曲でしたねぇ。 ... 記録など紹介しますね♪ ●1973年2月 松竹映画『としごろ』にバレー部員の役で出演する(主演は和田アキ子 ...

百恵ちゃん★1thシングル『としごろ』

としごろ

としごろ 2:39 山口百恵

としごろ

【としごろ】 山口百恵

今日は、百恵ちゃんが、35年前、「としごろ」でデビューした日だそうですネ。 http://www.youtube.com/v/FdXJKo8KOSw&hl=ja 皆さんは、どの歌が一番印象に残ってますか。 メモです。 【光る海】 吉永小百合 澄んだ声がいいですよね。

【としごろ】 山口百恵

2009/02/05 としごろ

... 昨日取込みでUP出来なかったので1日遡ります^^; 1973年4月5月21日 「としごろ」で歌手Debutした山口百恵は14才だった。 当時は後に中三トリオとなる桜田淳子がDebutも人気も先行し歌もHITしていて ...

2009/02/05 としごろ

「山口百恵」ファーストアルバム「としごろ」

... シングル「としごろ・叱らないでね」の8センチオリジナル・カラオケCDが付いています。 収録曲 ①としごろ ②ひとりぼっちのあなた ③叱らないでね ④文通 ⑤明日はいいことが・・ ⑥あのひと ⑦ヴァケイション ⑧悲しき16才 ⑨可愛いベイビー ...

「山口百恵」ファーストアルバム「としごろ」

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としごろ

としごろ 2:39 山口百恵

としごろ

【としごろ】 山口百恵

今日は、百恵ちゃんが、35年前、「としごろ」でデビューした日だそうですネ。 http://www.youtube.com/v/FdXJKo8KOSw&hl=ja 皆さんは、どの歌が一番印象に残ってますか。 メモです。 【光る海】 吉永小百合 澄んだ声がいいですよね。

【としごろ】 山口百恵

2009/02/05 としごろ

... 昨日取込みでUP出来なかったので1日遡ります^^; 1973年4月5月21日 「としごろ」で歌手Debutした山口百恵は14才だった。 当時は後に中三トリオとなる桜田淳子がDebutも人気も先行し歌もHITしていて ...

2009/02/05 としごろ

「山口百恵」ファーストアルバム「としごろ」

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「山口百恵」ファーストアルバム「としごろ」

としごろ旅行記

サパトレッキングツアー(by くまねごさん)

としごろ
 ベトナム北部山岳地帯のサパという小さな山間の町は、避暑地として、または種々の少数民族の村を訪れるトレッキング・ツアーの拠点として有名だ。キン族(狭義のベトナム人)観光客はおもに前者の目的で、外国人観光客はおもに後者の目的でこの町にやってくる。キン族はみやげもの屋をひやかしたり、少数民族が民族音楽にあわせて踊るのを観賞するのがせいぜいで、トレッキング・ツアーに参加することはほとんどない。彼らにとって歩くことに金をかけるなんてことは馬鹿げた発想であり、歩くのは貧乏人に任せておけばいいのだ。「サパに行くんだけど、サパでは何がおいしいのかな」。ハノイでキン族の友人たちに訊いてみたが、「何もない、すべてまずい」、誰もが侮蔑をかくそうともせずそう言いきった。

 ハノイ市の片すみに数年前に建てられた民族学博物館は、ベトナムにある他のどの博物館、美術館、記念館よりも充実し洗練されているが、訪れるのは少数の外国人だけで、閑古鳥が鳴いている。既存の高速道路から民族学博物館まで引かれたこれまた新しいアスファルト舗装道路は、走る車もないというのに四車線はあろうかという堂々たるしろもので、子どもたちの格好のサッカー場と化している。

「あんなもんつくって何になんねやろ、少数民族の暮らしがちょっとでも良うなるゆうんかい」

  大学院で人類学を学び、ハノイをフィールドに研究をしている日本人Uさんがそう言っていた。ぼくはなかなか興味深くこの博物館を見学したし、その中身の充実ぶりにも感心したけれど、Uさんの言うことも一理ある。少数民族にとっての民族学博物館は、動物にとっての動物園と大差ないのかもしれない。そういう言い方は語弊があるかもしれないが、金を使う優先順位が本末転倒しているという意味では、Uさんの言うことは確かにそのとおりだと思う。

 サパの市場でフォー(うどんみたいなもの)を一杯ひっかけた。五分もあれば撤収できそうな、屋台に毛が生えた、もしくは屋台の毛が抜けたような店が、いくつか軒を連ねて市場の一角を占めている。ぼくが座ったフォー屋のおばさんは、ぼくが日本人であることを一目で見抜いた。慧眼なり。多くを語らない限り(ぼくのベトナム語の発音はひどい、もちろん文法も)、外国人と露見することは滅多になかったのだけれど。人によっては、ぼくが自分で日本人だと白状しても、「おまえの両親も日本人か」と疑り深く目を光らせたり、「おまえは断じて日本人じゃない、いや、キン族でもないな、中部高原のザライ族だ」とか、「おまえは中部の海辺に住みついている漁師だ」なんて言ってくれる人までいるくらいだ。そこまで限定するかと半ばあきれ、その揺るぎない確信はどこから湧いてくるのかと半ば感心したものだ。

 とにかくぼくはフォーを食べていた。他のテーブルには民族衣装を着たフモン族の男も数人いた。そこへ欧米人の白人カップルがやってきた。彼らは二人とも、首から立派なカメラをさげていた。彼らはフモン族の男たちに挨拶し、写真を撮ってもいいかとジェスチャーで示してから、パチパチと撮りだした。そしてしらじらしいフレンドリーな笑顔をはりつけ、肩を組んで一緒に写真におさまったりしている。フモン族の男たちは困ったようなひかえめな微笑を浮かべている。温厚な人たちだ。普通、食事中にこんなことをされれば腹も立つというのに。ぼくはその欧米人カップルの無神経さを苦々しく思いながら、鳥取砂丘での出来事を思い出していた。

 数年前、鳥取の友人宅に遊びに行ったとき、その友人に誘われるままキャンプに参加した。友人は外国人の知り合いが多いやつで、キャンプに参加したのは、ぼくと友人を除くと全員外国人だった。中学や高校、または英会話学校なんかで英語教師をやっている人たちが企画した、サイクリング&ビーチキャンプだった。自転車でキャンプをする海岸に向う途中、休憩を兼ねて砂丘に寄った。そこでぶらぶらしていると、日本人の若い女性数人が近づいてきて、一緒に写真を撮りたいと言いだした。そのときぼくはカナダ人カップル二人と一緒にいたのだけれど、ぼくはお呼びでなくて、カナダ人二人がお呼びであった。挨拶も何もなしにいきなり一緒に写真をとは、なんて非常識な女なんだと思ったが、カナダ人二人は苦々しいスマイルを浮かべながらもちゃんと一緒に写ってやった。もちろんシャッターを切ったのはぼくだ。彼女たちが遠ざかったあと、カナダ人の男が例の写真女たちを称して、
「ティピカル・ジャパニーズ(典型的な日本人だな)」と皮肉っぽく口もとを歪めて言った。返す言葉もない。そして、「あの女たちは俺たちのことをマスコットか何かだと思ってるんだろう」、そう言葉を継いだ。

 そのときはマスコットとはうまいこというなと感心して笑っていたが、サパの食堂で欧米人カップルのしらじらしいフレンドリーなスマイルを見ていると、彼らにとってフモン族の男たちはマスコットなんだろうな、そう思えてしょうがなかった。彼らにとって大事なのは、フモン族の男たちとの一期一会ではなく、帰国して友人に見せる写真なのだ。

 一泊二日のトレッキング・ツアーに申し込む。値段は15ドルとちょっと高い。外国人しか参加しないのも当然か。同行者はハノイから道連れの日本人二人、そしてサパ在住ガイドのクイ君。クイは二十歳のキン族で、日本人二人は元同級生Aと会社からハノイに派遣された語学研修生Kさん。

 町を出て、沢沿いに下る。沢を挟む丘陵の斜面には、棚田が重なりトウモロコシの焼畑がひろがる。小学校に寄ったり、フモン族の家でお茶によばれたりしたあと、川原で昼食をとる。フモン族の男の子二人が渓流を石で堰きとめて遊んでいる。二人とも小学校低学年ぐらいのとしごろか。ぼくらはそれを眺めながら、なんにせよ子どもが遊んでいられるってのはいいね、などとのんきな会話を交わしていた。しかし彼らはただ遊んでいるわけではないことがじきに判明する。

 川を堰きとめ、本流のわきに細い支流をこさえ、しばらく水が流れるままにしておいてから、支流を塞ぎ、上流と下流二手に分かれて支流に迷いこんだ小さな魚やオタマジャクシやヤゴなどを追いつめて手づかみでビニール袋に入れていく。晩飯のおかずをとっていたのだ。上流の男の子が岩の下に手を入れたかと思うと、すばやく手を抜いた。そして河原に落ちていた棒切れをつかみ、岩の下から気味の悪いぶよぶよしたかたまりをかき出し、棒に絡めて水から引き上げ、岩に叩きつけた。そして何度も何度も棒切れで叩く。近寄って見てみると、それは蛭だった。すでに打ちのめされて赤い血を垂れ流している。「血を吸われたのか」とぼくが訊くが、男の子は首を振り、「水牛の血」、とそっけなくベトナム語で言った。

 ガイドのクイが棒切れで蛭を突ついて遊んでいる。そしてぼくのほうを向き、「きょうの晩飯のおかずは蛭だよ、イワーイ」、うれしそうに言う。「てめえが食え」という言葉を飲みこんで、ぼくがやりかえす。「忘れずにもっていけよ、クイ。米焼酎に浸けるんだ。蛭酒だよ。きっとキクぜ」。ベトナム人はなんでも酒に浸ける。熊を丸ごと一頭酒を満たした水槽にぶち込んだり、そしてカラスやトカゲやうす気味悪い虫なんかを手当たりしだいなんでもぶち込んで、そしてどの酒も決まって「キクぜ」で形容されてしまうのだ。ひょっとして蛭酒なんてすでに定番になっているのかもしれない、そう思い至り、自分で言ってゾッとする。不安気にクイの顔色をうかがうと、クイは名案といった感じに肯き、「そりゃキクだろうな、血もあるし」、そう言って笑った。冗談でよかった、ぼくは胸をなでおろす。

 夕方には今夜泊めてもらう家に着いた。ザイ(Giay)族の家だ。高床ではなく平土間のつくりだった。タイー(Tay)・ターイ(Thai)系の彼らは高床の家に住むことが多いのだが、地域によっては平土間の場合もあるらしい(1)。ザイ族の家族とはほとんど話す機会がなかった。遠慮してかぼくらとは別の間にいつもいるし、ぼくらも無理に近づこうとはしなかった。食事はまったくそのままキン族風。キン族がオーガナイズしているツアーだ、きっと少数民族の食事なんか外国人の口に合うはずもないと決めつけているんだろう。ぼくらはがっかりしながら、ハノイで食べ飽きている春巻をつつき、持参のフモン族特製のリンゴ酒をあおる。すこし甘すぎるが、まあいける。ぼくらは酔いつつも、けっこう真剣な会話を交わした。少数民族が多数を占める「僻地」の観光地化について、観光客であるぼくらのあるべき姿勢について。

 少数民族が自身や自身の生活を観光名物化することによって、現金収入を増やし、そして豊かになるという。それは確かに一面真実だろう。けれどサパに限っては、その現金収入は微々たるもんだ。例えばぼくらはこの一泊二日のトレッキング・ツアーに一人15ドル払った。三人で45ドルだ。そのうち少数民族に流れる金額はいくらもない。ツアー会社から支払われるだろう一泊の宿泊代金だけだ。多く見積もったとして一人1ドルで3ドル。それだけだ。3ドルだって彼らにとっては決して小銭ではないが、あまりに取り分が少ない。残りはすべてキン族の懐に収まるようになっている。サパ近辺の少数民族は、彼らで話し合い、現金収入の途として観光化を自ら決断したわけではなく、外国人とキン族によって観光化されたのだ。そして金になるおいしいところを独占されたまま、細々と土産物などを売り歩いている。堂々とサパの町中で土産物店を開いているのはすべてキン族だ。観光化して現金収入をふやすにしろ、しないにしろ、それは当事者であるそれぞれの地域の少数民族の意見がもっと反映され、そして観光化を具体化するときに彼らがもっと主導的になるべきなのではないか。

 ぼくらはそんな話をする。そして話しつづける。キン族をワルモノに仕立ててそれで終わる話なのだろうか。ぼくらはいったい何様なんだ。観光化による恩恵のおこぼれすらあずかっていない多数の村人たちの眼に、ぼくらのような闖入客はどのように映っているのだろうか。ぼくらは、「何しにきた、さっさと出て行け」とつっけんどんにあしらわれても、返す言葉なんて何もないんじゃないのか。でも道すがらに出会った人々は、なぜ大人も子どもも、土産物を売りつけるわけでもないのに、こんなにもにこやかにやさしく迎えてくれるのか。ぼくたちは彼らの心の寛(ひろ)さに感謝するだけでいいのか・・・。

 翌日は別の道を通って、サパへと帰る。Aは川の飛び石をつたうときに足を滑らせ半身ずぶぬれになる。Kさんとクイは田んぼにはまり泥だらけに。運動神経が抜群で、長野の山小屋で二年働き山道に慣れているぼくは、他人の不幸を尻目に軽口をたたきながら、軽快に歩を進める。そして、みじめな連中のウラミをすこし買う。

 サパに着いたときはさすがの健脚のぼくも疲れた。AやKさんは膝がわらっている。冷えたビールがうまい。鹿鍋も猪のステーキもうまい。誰だ、サパにうまいものなんてないと言ったやつは。宿に戻り、ベッドのジャンケンをする。三人いても、ベッドは二つしかないのだ。サパの初夜ではぼくが勝ち、AとKさんがベッドを共有したので、今回ぼくはジャンケン辞退を謙虚に申し出る。二人はビールが入って気が大きくなっているのか、辞退する必要はないと言う。お言葉に甘えてジャンケンすると、またぼくが勝った。「ヨッシャ!」、小さくガッツポーズを決めると、「ヨッシャじゃねえ!!」、二人が怒りをあらわに。だからぼくは最初に辞退したじゃないか。二人はぼくのまっとうな抗弁を無視して、勝者を罵る。ぼくはまた、みじめな連中のウラミをすこし買う。

☆くまねごのブログ
  • http://plaza.rakuten.co.jp/kumanekoinvn/

  • 【旅行時期】2001/11/~2001/11/
    【エリア】サパ
    【テーマ】ハイキング・登山
    【投稿者】くまねご

    としごろの画像